大阪高等裁判所 昭和28年(う)372号 判決 1953年5月04日
控訴人 被告人 中尾勇
弁護人 花房節男
検察官 前田幸之助
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一〇月に処する。
未決勾留日数中原審における三〇日を右本刑に算入する。
原審及び当審の訴訟費用は被告人の負担とする。
被告人が法定の除外事由なくして昭和二七年八月頃から同年一一月一〇日まで肩書住居の自室押入に刃渡約八寸の短刀一振を隠匿所持したとの公訴事実については被告人は無罪。
理由
弁護人花房節男名義の控訴趣意第一点について。
銃砲刀剣類等所持取締令第一条は刃渡一五センチメートル以上の刀、匕首、剣、やり及びなぎなたはすべてこれを「刀剣類」としているから、いやしくも右に該当するものはすべてこれに包含せられ、その使用もしくは所持の目的如何を問わないものと解すべきであつてこのことは刃渡一五センチメートルに満たない匕首及びこれに類似する刃物の携帯に関する同令第一五条と対比してもこれを推知することができるのである。されば、原判示の短刀がたとえ所論のように炊事用の庖丁として使用されていたとしても、これを以て同令にいわゆる刀剣類でないということはできない。
しかしながら、右各法条にいわゆる刃渡とは鋩子(切先)と棟区(刀身の峯部の柄の窪みにかかる箇所)とを直線で測つた長さをいうものと解すべきところ、職権を以て本件短刀(証第一号)を調べてみると、その形状は別紙のとおりであつて、柄の部分が通常の刀剣とその趣を異にし棟区から柄の峯側に至る辺が峯の辺に対して鈍角をなして特に長い。いま、精密機械を以て測定すると、鋩子(別紙A点)から峯部の窪んだ箇所(同C点)までは直線距離一五センチメートル〇二、刃の根元(同D点)までは直線距離で一五センチメートル〇二、刃の曲線に沿うて一五センチメートル四〇であつていずれも一五センチメートル以上を数えるけれども、鋩子から棟区(同B点)までは僅かに一四センチメートル八三(四寸八分九厘)にすぎないから、右短刀は未だ以て同令第一条にいわゆる刀剣類ということができない。従つて原審が本件短刀を刃渡一五センチメートルのものであるとしたのは、事実の認定を誤つたものというほかなく、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであつて破棄を免れない。しかして原審は右短刀の所持を他の各詐欺との間に併合罪の関係にあるものとして処断し一個の主刑を言渡しているから、他の所論に対する判断を省略し刑事訴訟法第三九七条第三八二条第四〇〇条に則り原判決の全部を破棄し改めて次のように判決をする。
原判示第一及び第二の各詐欺の事実はその挙示の各証拠によつてその証明が十分であつて、いずれも刑法第二四六条第一項に該当し以上は同法第四五条前段の併合罪となるから同法第四七条第一〇条に則り犯情の最も重いと認める右第一の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、未決勾留日数の通算につき同法第二一条、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条を適用して主文第三、四項の裁判をし、主文末項記載の公訴事実はその所持の短刀が刄渡一五センチメートルに足りないから銃砲刀剣類等所持取締令第二条第二六条の罪とはならないものとして刑事訴訟法第三三六条第四〇四条に則り無罪の言渡をする。
(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)
図<省略>
弁護人花房節男の趣意
一、原判決は事実を誤認して居り此の誤認が判決に影響を及ぼして居る。即ち原判決は被告人が所持を禁止されて居る刀剣を所持して居たものと認定され居るが是は自炊用の庖丁代用品であつて各人の家庭に備へてある庖丁と撰ぶ所がない。故に之を持兇器と認めるのは形に捕はれた認定で不当である。
(その他の控訴趣意は省略する。)